体験談
癒しの旅路 その18 悪意に貫かれたこころ
前の職場をやめてからはしばらくバイトや引越しなどで忙しくなり、セッションを受けることができませんでした。それらが落ち着いた2ヵ月後、ようやく久しぶりにセッションを受けました。
またFさんにお願いしました。もうずっと個人セッションはFさんにお願いしています。回数を重ねるごとにお互いに慣れてきて信頼関係も生まれ、とても落ち着いてセッションを受けることができるようになっていました。
セッションの技術ももちろん大事ですが、この信頼関係はそれと同じくらい重要だとぼくは思います。信頼できる方との安心感のなかではじめて触れることのできる傷があると思います。
この日は自己否定の思いをテーマにしました。いつものようにトラウマの出来事などを見ていこうとしたのですが、このときは途中から違う思いがわいてきました。
イメージしていると、純粋で無抵抗なハートを、黒く太い凶悪な矢が貫くというイメージが浮かびました。
そして、ぼくが前の職場を辞めるときのことが思い出されました。
前の職場で、ぼくには人生の師匠と呼ぶべき上司がいました。仕事でもプライベートでも本当に尊敬していた人でした。お互いに深い信頼関係で結ばれていると信じていました。
しかし、ぼくが仕事を辞め、心理療法の勉強やカウンセリングを受けていくと打ち明けた時、180度手のひらを返されてしまいました。ぼくが涙ながらにこれまでの経緯を語ってもまともに取りあうこともせず、
「お前なんかに何ができる」
「最初からお前はダメだと思っていた」
など、人格否定、能力否定、罵倒をさんざん繰り返しその場で辞表を書かされました。
そして、ぼくが辞めた次の日、彼はスタッフにぼくが新興宗教にはまっているというデマを流したのです。
深い信頼関係で結ばれていると信じていただけにぼくには全くもって信じられないことでした。
その後は、気持ちを切り替えて新しいことに取り組んできたつもりでしたが、やはりこころの奥にはしっかりとそのことが残っていたのでしょう、セッション中にこのときのことが出てきてしまいました。
とにかく胸が苦しい。疑うことを知らない無垢なハートが悪意にグッサリと貫かれ、苦しくてしょうがない。
心臓に手を当てると、シャツの左胸ポケットに写真を入れていたことを思い出しました。
その日は、セッションに出かける前から何か胸騒ぎがしていました。なんとなく嫌な予感がしたぼくはおばあちゃんの写真をシャツの胸ポケットに入れていました。
おそらく必然だったのでしょう。
ちょうど心臓の上にある写真を手でしっかり押さえながら、おばあちゃんが貫かれたこころの穴をふさいでいく、というイメージを行いました。
以前、おばあちゃんに言われたことを思い出しました。ぼくが自信をなくし、おばあちゃんに「自分は大丈夫かな・・」とこぼしてしまったときのことです。
「大丈夫さー。ゆういちろうはおばあの孫だから大丈夫よー。」
そしてぼくの頭を「よし、よし」と笑顔でなでてくれました。
ぼくがたくさんの涙を流すなか、おばあちゃんの愛情が、ぼくの貫かれたこころをしっかりと埋めていきました。修復されたハートは貫かれる前よりも強く、たくましくなっていました。
このセッションのあと、その上司に対するネガティブな思いがかなり薄くなりました。おそらく彼もそうしなければ心のバランスが取れなかったのだろう、と推測しています。
それにしても、写真を持っていこうと思ったこと、そして左胸に入れていたこと、本当に不思議でした。
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(沖縄の方言で「なんとかなるさ」の意味)
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